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ID番号 10594
事件名 業務上過失致死傷被告事件
いわゆる事件名 佐世保重工業事件
争点
事案概要  船舶の修繕中に発生した火災により、一〇名が死亡し、二名が負傷した場合につき、安全衛生管理者であり総括安全衛生管理者でもある者に業務上過失致死傷罪が成立するとした原審に対し、予見可能性がなかったとして無罪とされた事例。
参照法条 労働安全衛生法10条
労働安全衛生法11条
刑法211条前段
刑事訴訟法366条
体系項目 労働安全衛生法 / 安全衛生管理体制 / 総括安全衛生管理者
労働安全衛生法 / 安全衛生管理体制 / 安全管理者
労働安全衛生法 / 危険健康障害防止 / 危険防止
労働安全衛生法 / 罰則 / 刑法の業務上過失致死傷罪
裁判年月日 1988年3月24日
裁判所名 福岡高
裁判形式 判決
事件番号 昭和61年 (う) 454 
裁判結果 破棄自判
出典 時報1274号152頁
審級関係 一審/長崎地佐世保支/昭61. 5.14/昭和57年(わ)151号
評釈論文
判決理由 〔労働安全衛生法-安全衛生管理体制-総括安全衛生管理者〕
〔労働安全衛生法-安全衛生管理体制-安全管理者〕
〔労働安全衛生法-危険健康障害防止-危険防止〕
〔労働安全衛生法-罰則-刑法の業務上過失致死傷罪〕
原判決は、修繕船工事については、船内の油汚れや保守管理の悪さ、油分を含んだビルジの存在などから、火気作業を伴う工事の場合には火災発生の危険性が一般に極めて高いものであって、当該修繕船工事の作業環境は、通常火災事故発生の具体的危険性が存在している蓋然性が極めて高い領域であったというのであるが、本船機関室は、もともと原判決のいうような高度の具体的危険を生じ得る作業環境といえないことは前説示のとおりであって、そうであれば、被告人両名がそれぞれA会社修繕部長兼艦艇造修部長あるいは同修繕部機関課長兼艦艇造修部機関課長として前記(1)認定の各業務に従事し、作業員の作業環境の安全を確保すべき管理責任を負担しているからといって、それだけの理由で直ちに被告人両名に本船機関室の作業環境について、原判決のいうような自ら又は第三者を介して積極的な情報収集を行い、その危険要因の存否を個別具体的に確認するとともに、もし災害発生の具体的危険性の存在を徴表する重要な客観的事実を認知した場合には、より詳細な特別の情報収集をなしたうえ、危険性の存否を明確に判断し、存在する危険性に応じた適切な具体的措置を講ずべき義務があるということはできない。確かに関係証拠によれば、被告人Y1は、当時組織上定期的及び随時の安全衛生管理活動として「修繕部主任部員との毎日の朝会の際の同主任部員からの報告」、「課長、係長、各船の区画担当主務、修繕部主任室各員からの随時報告」、「安全衛生環境室並びに同室から各修繕船に配置されている安全衛生専任からの報告」、「課長、係長、主任部員との週一回の昼食会の際の各参加者からの報告」、「週一回の課長会議の際の課長からの報告」、「区画担当主務作成にかかる工事着工前に開催された安全衛生工程会議の議事録」、「区画担当主務等による各修繕船の状況についての受注下見時、着工前下見時の各レポート、報告」、「安全に関する各種委員会、会議」、「自らの現場パトロールによる把握」などの、被告人Y2も同じく、「係長、現場長との毎日の朝会の際の同各長からの報告」、「前記週一回の部の昼食会の際の他参加者からの報告」、「前記課長会議の際の他参加者からの報告」、「前記工事着工前の安全衛生工程会議への参加」、「前記各下見時の各修繕船の状況についてのレポート、報告」、「前記安全衛生工程会議の議事録」、「自らの現場パトロールによる把握」などいろいろな手段を講じて一般情報の収集につとめていたこと、しかして、被告人Y1においては、本船機関室の構造は本船と同型船のA船における現場パトロールによってその概要を把握していたし、また、同室内での作業内容や人員配置等についても見積書等によってその概要を承知しており、さらに同室内が油汚れがひどく、ビルジも存在することや、右ビルジが本船と同型船のC船では火気作業中に着火していることなどもD主務から提出された前記各下見時のレポートや安全衛生会議議事録、安全衛生環境室E技員からの安全衛生報告書などによって知っていたこと、被告人Y2についても、Bシリーズ船プロジェクトチームのリーダーとして被告人Y1以上に本船機関室内の状況、工事の内容、人員の配置、ビルジの存在などについてこれを認知していたことがうかがわれるのであるが、機関室のビルジの一般的性状は前説示のとおりその含まれている油分に着火しても燃焼継続には至らず、初期消火態勢をとっておけば危険なものではないのであって、被告人両名も当然そのように認識していたのであるから、前記ビルジの存在や火気作業中のビルジ着火の事実を認知したとしても、これが直ちに火災の危険要因を予測せしめるほどの異常現象とまではいえず、これをビルジの通常の状態であると考え、防火上の一般的注意を喚起したにとどまってそれ以上格別の具体的措置をとらなかったことは非難すべきものではなく、本船機関室船底に前認定のような異常な油性ビルジが存在していることについては被告人両名として予見することができなかったところであり、かつ、予見しなかったことに過失があったものともいえないのである。
 してみると、右油性ビルジの着火炎上による本件死傷事故発生に関して被告人両名にその予見可能性はなかったというべきであって、結局原判決はこの点につき事実を誤認しているものというほかなく、更に進んで被告人両名の各注意義務、右義務の懈怠(なお付言するに、原判決は、被告人両名に対し避難口開口義務及び非常用仮設梯子設置義務を認めているのであるが、原判示防爆基準によれば、本船機関室における避難口開口は機関区画担当主務のDの職責であり、また非常用仮設梯子の設置については現場長の職責であることは明らかであって、被告人両名がこれらの者の監督責任を怠っていたかどうかを問題とするのなら格別、被告人らに直接行為責任を課すことは相当ではない。確かにA会社安全衛生管理規程には「各職制は、同規程に定める安全衛生管理を実施する権限と責任を有すること、必要に応じ安全衛生を推進するものを選任して、その職務の一部を代行させることができるが、これによってその責任を免れることはできない。」旨明記されているが、これは職務代行者を選任しても監督責任を免れないことを定めていると解するのが相当であって、直接行為責任を問題にしているのではないというべきである。)並びに本件事故との因果関係に関する原判示の当否について判断するまでもなく、被告人両名の各責任はいずれも否定されるのであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。