全 情 報

ID番号 : 90004
事件名 : 賃金等請求事件
いわゆる事件名 : 小里機材事件
争点 : 割増賃金の計算基礎賃金に会社の住宅・皆勤・乗車・役付の各手当は割増賃金の計算基礎に含めるべきか、定額残業代込とする合意があったか、附加金の範囲などが争われた事案。
事案概要 : (1) 工業用皮革等の加工販売会社Y社は、従前より、所定労働時間7時間30分を超えた場合には割増賃金を支払うこととし、その時間単価は、住宅・皆勤・乗車・役付の各手当は含めず基本給のみで算定していたところ、昭和54年から同60年までの間に入社した従業員Xら5名はこれを不満として、昭和60年4月14日に労働組合を結成して訴外T労組に加盟するとともに、翌15日に団体交渉を申し入れた際に、割増賃金を労基法所定の方法で計算し直して支払うよう要求し、同月19日の団体交渉を経て、同年9月10日にその支払いを求めて提訴したもの。
(2) 東京地裁は、ⅰ)Y社の各手当は、労基法37条2項、同施行規則21条に照らし、いずれも同法所定の除外賃金に該当せず、割増賃金の算定基礎賃金に含めるべき、ⅱ)従業員X1との間には、採用の際に、時間外労働15時間分を本来の基本給に上乗せして基本給を決めることで合意があったとの主張は、その証拠がない上、15時間を超えたか否かを調査していないことなどから、採用できず、基本給の全額に各手当を加えて算定すべき、ⅲ)割増賃金の消滅時効は団体交渉を申し入れた15日に口頭で請求したことにより中断した、ⅳ)附加金は、各日とも所定労働時間7時間30分から法定労働時間8時間までの30分間に対する割増賃金を除いて計算した金額を支払うよう判示した。東京高裁もこの判断を維持し、最高裁はYの上告を棄却した。
参照法条 : 労基法37条1項(同規則21条)
体系項目 : 賃金(民事)/割増賃金/割増賃金の算定基礎・各種手当
労働契約 (民事)/労働条件明示
裁判年月日 : 1987年1月30日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 昭和60年(ワ)10774号
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 :
審級関係 : <上告審>昭和63年7月14日/最高裁判所第一小法廷/判決/昭和63年(オ)267号 ID:3985
<控訴審>昭和62年11月30日/東京高等裁判所/第5民事部/判決/昭和62年(ネ)239号
評釈論文 :
判決理由 : 〔賃金(民事)/割増賃金/割増賃金の算定基礎・各種手当〕
〔労働契約 (民事)/労働条件明示〕
二 そこで、住宅、皆勤、乗車及び役付の各手当を時間外労働に対する割増賃金の計算の基礎とすべきか否かについて検討する。
1 労基法三七条一項は、使用者が労働者に時間外、休日又は深夜労働をさせた場合には、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払うべき旨を定め、他方、同条二項及び同法施行規則二一条は、①家族手当、②通勤手当、③別居手当、④子女教育手当、⑤臨時に支払われた賃金、⑥一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金を割増賃金の計算の基礎から除外している。右の割増賃金の目的は、労基法が規定する労働時間及び週休制の原則を定めた趣旨を維持し、同時に、過重な労働に対する労働者への補償を行わせようとするところにあるのであるから、右の六項目の除外賃金は制限的に列挙されているものと解するのが相当であり(もとより、実際に支払われる賃金がこれらに当たるか否かは、名目のみにとらわれず、その実質に着目して判断すべきである。)、請求の原因に対する認否2の(二)の(4)記載の被告の主張は採用の限りではない。
2 右の立場から、各手当につき除外賃金に当たるか否かを順次判断する。
 ①住宅手当
(前略)賃金における住宅手当が、既婚か未婚かを問わず、住民票上世帯主である従業員に対して扶養家族の存否、家族数等に関係なく一律に月額五〇〇〇円支払われていたものであること及び被告においては住宅手当の外に「家族手当」という名目の賃金も支払われていたことはいずれも当事者間に争いがなく、これらの事実によれば、本件住宅手当は、労基法三七条二項所定の家族手当の性質を有するものと解することはできず、(中略)また他のいずれの除外賃金にも該当しない。
 ②皆勤手当
(前略)本件皆勤手当が労基法施行規則二一条三号所定の臨時に支払われた賃金に当たらないことは明らかであり、(中略)他のいずれの除外賃金にも該当しない。
 ③乗車手当
(前略)本件乗車手当が労基法三七条二項所定の家族手当に当たらないことは明らかであり、(中略)他のいずれの除外賃金にも該当しない。
 ④役付手当
(前略)本件役付手当がいずれの除外賃金にも該当しないことが明らかである。
3 よって、住宅、皆勤、乗車及び役付の各手当は、時間外労働に対する割増賃金の計算の基礎となる賃金に含まれるものというべきである。
三 X1の時間外労働に対する割増賃金について
(前略)X1の採用に際し、X1との間の合意に基づき、労働時間は休憩一時間を含めて午前八時三〇分から午後五時までであるが、月一五時間の時間外労働を見込んだうえ、その分の割増賃金を本来の基本給に加えて基本給を決定した(中略)と人事担当者は証言するが、この証言は、月一五時間という数字がX1が担当することとなる営業部門の責任者との相談のうえで出されたものではない旨、X1入社後X1の時間外労働が一五時間を超えているか否かの調査をY社として一切していない旨右の合意をした際に、月一五時間を超える時間外労働に対しては割増賃金が支払われるとの説明をしなかった旨及びその後、X1の本人尋問の結果及び成立に争いのない(証拠略)の記載に照らして信用することができず、他に抗弁1の事実を認めるに足りる証拠はない。
 また、仮に、月一五時間の時間外労働に対する割増賃金を基本給に含める旨の合意がされたとしても、その基本給のうち割増賃金に当たる部分が明確に区分されて合意がされ、かつ労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されている場合にのみ、その予定割増賃金分を当該月の割増賃金の一部又は全部とすることができるものと解すべきところ、X1の基本給が上昇する都度(昭和五八年その時から昭和六〇年四月までの間に三回にわたって基本給が上昇したことは当事者間に争いがない。)予定割増賃金分が明確に区分されて合意がされた旨の主張立証も、労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されていた旨の主張立証もない本件においては、Y社の主張はいずれにしても採用の限りではない。
 よって、X1の時間外労働に対する割増賃金は、基本給の全額及び住宅、皆勤及び乗車の各手当の額を計算の基礎として時間外労働の全時間数に対して支払わなければならない。
四 消滅時効の採用及び時効の中断について
(前略)訴外T組合の委員長と書記長は、Xらが同席の場で、同月一五日、Yの賃金支払事務の担当総務課長に、賃金の引上げ等を内容とする団体交渉申込書(〈証拠略〉)を手渡すとともに、口頭で、Yの従業員である組合員のために時間外労働の割増賃金の未払分の存在を指摘したうえ、その支払方を請求した事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
 右の請求に際し、訴外T組合の委員長らは組合員ごとの金額を明示したわけではないが、民法一五三条所定の催告の要件を満たしているものと解することができ、右の催告の後六か月内に本件訴えが提起されたことは当裁判所に顕著な事実であるから、催告の時点である昭和六〇年四月一五日に原告らのために本件未払割増賃金請求権の消滅時効は中断したものというべきである。
五 Xらの未払割増賃金額の算出について
 Xらの基本給額、手当額及び時間外労働の時間数は、別表1ないし5の各2記載のものが当事者間に争いがないものであり、原告ら主張の別表1ないし5の各1記載のもののうちこれを超える部分を認めるに足りる証拠がないから、X2、X3、X4、X5については別表1ないし4の各2に記載の手当額を基礎として未払割増賃金の単価を算出し(中略)、X1については別表5の2記載の基本給額及び手当額を基礎として割増賃金の単価を算出し(中略)、これに時間外労働の時間数を乗じて各月の割増賃金額を算出し(小数点第一位を四捨五入)、各月の割増賃金の合計額から既払割増賃金額を控除して未払割増賃金額を算出することとする。
 なお、労基法所定の一日八時間以内の時間外労働分についても二割五分の率の割増賃金が認められるのは、前判示のとおり当事者間に争いのないYの確立した慣行に基づくものである。
 Xらは、昭和六〇年四月分の未払割増賃金についても同月一六日から完済までの遅延損害金の支払を求めているが、前判示のとおり、同月分の賃金の支払期が同月三〇日であることは当事者間に争いがないから、同月分の未払割増賃金に対する遅延損害金については、同年五月一日から完済までの分を認容することとする。
六 附加金の支払について
 以上判示のとおり、Yは、労基法三七条に違反してXらに支払うべき割増賃金の一部を支払わなかったのであり、また、Xらは、同法一一四条に基づき、昭和五八年五月分から昭和六〇年四月分までの未払割増賃金と同額の附加金の支払を請求しているところ、X1、X2、X3、の昭和五八年五月分ないし八月分の未払割増賃金に対応する部分は、同条但書により、昭和六〇年九月一〇日に提起された本件訴えにおいては、請求することが許されないものというべきである。
 さて、(中略)一切の事情を斟酌すると、当裁判所は、Yに対し、労基法三七条に違反した未払割増賃金と同一額の附加金の支払を命ずるのが相当であると判断するが、Xらの時間外労働の時間数は、同法所定の一日八時間の範囲内のものをも含むものであり、本件全証拠によっても、同法三七条に違反した未払割増賃金の額を正確に算出することができないから、Xらにつき昭和五八年九月から昭和六〇年四月までの各月の時間外労働の時間数から一二時間(0.5時間/日×24日/月=12時間/月)を控除した時間数に対応する未払割増賃金と同一額(小数点第一位を四捨五入)の附加金の支払を命ずることとする。